妻から母へ

前の記事に
何故あなたは保留に出来たのでしょうか?
とご質問がありました

今現在悩み苦しみ
その中で誰にも相談できずにいらっしゃる方から

それは許せるものなのですか?
それでも一緒に居られるものなのですか?
長年支えていらして
この裏切りに腹は立たなかったのですか?

------------------- そうですね..

初めて知ったときは
大切にしてきたものが
崩れていく感覚.に襲われ
ショックで立っていられませんでした

夫が目の前に居ても
ココには居ないと思ってしまいました

私は夫にとって
もう価値の無い自分なのだと思いました

喪失感...無価値感...無力感

翌日平日でしたから
息子は学校(テスト中)があり
夫も私も仕事がありました
でも、話し合いは三人で朝まで続きました

辛かったです
息子に可愛そうなことをしたと思いました

詳しいことはもう書かないつもりですが..

■何故保留に出来たのか...

私は許すという言葉は
一度も使っていませんでした
許せることではありませんでしたから

でも別れることも簡単ではありませんでした

だから保留になりました

保留が9年続いています

■一緒にいられるものですか?

考え方を変えました
それが今日のタイトルです

夫と思うと腹が立ちますが
もう一人の息子と思うようにしました
毎日毎日そう自分に言い聞かせました

私にはそれしか
思いつかなかったのです

ですが
まず二人に別れてもらうことが先でした

なかなか連絡を止めないふたり..
私は相手になんとも恐ろしい妻を演じました

自分でもビビるくらい..^^;

でもわたし
松居さんじゃありませんよ

何処にも迷惑を掛けず
誰にも相談もせず
お金もかけずに...

夫の携帯をポキポキと折ったり
鍋で煮たりもしていません(^◇^;)

夫の携帯は相手との連絡を取る
大切なアイテムでしたからね

ある日、夫が携帯を置いて行きました

その夫の携帯から
私は相手に電話をし
その後すぐにメールで伝えたひと言で
二人はまったく連絡が取れなくなりました

あの時..よくそんなことを思いついたと
自分で自分を褒めたものでした

パソコンを開けば
何故夫はそんなことをしたのだろう?と
ネットで調べたりしていました

そこには
心の病の人は劇的変化を求め
今の自分を変えたいと思うことがある
だから中には
そういう方向に走る人もいるのだと
書いてありました

本当の理由は違うかもしれませんが

全ては病と思い
引き続き支えると決めたのです

でも私は
何年も泣きました

妻が母に
なれるわけではありませんから..

ですが私は夫が大好きなんです

別れる夢を何度も見ましたが
夢の中の私は
大声で泣いていました

目が覚めると
本当に涙が溢れていたのです

これが私の素直な気持ちなのだと思いました

そういえば
社会人になった息子と一度だけ
「パパと別れなかったけど..」の
話をしたことがありました

息子がこう言ったのです
「それで良かったんじゃないの?」

「そうね..今は本当に良いパパだし..」

私の経験は参考にもならないと思いますが

どうか後悔だけはされませんように..

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出会った頃

結婚するとは思わなくてね..
でも、何となく
気にはなっていた(^^;;

同じ職場だから
毎日顔は合わせるけど
おはようございますの挨拶だけ‥

課が違うから
飲み会があっても
一緒に‥とはならなかった

ところが
私の友人が夫の課の人と
結婚することになり
発起人の中に
夫と私が入ることになった

関わりが急に増え
集まりの後
みんなで食事に行くことも
不自然ではなく
私は発起人会が楽しみになった

この人がどうも気になる‥
それって‥

そんな気持ちを悟られる前に
夫は私に告白をした

平成元年
私たちは
如何なる時も共にあることを誓った

誓ったのだから
守らなくてはならない‥

それは例え
相手に裏切られたとしても
許すための努力をしなくてはならない

如何なる時も共に‥
なのだから

夫婦は荒波に
揉まれることもあり
積み上げてきたものが
一瞬で崩れてしまうこともあり

だけど、この先に何があるか‥
入ってしまった暗いトンネル‥
でも‥耐えた先に何が見えて来るのか‥

それが知りたくて
私は夫の裏切りを保留にしました

息子が高校一年の終わりの時だから
あれから9年過ぎたのね

荒波の船には息子も乗っていて
舵取りに力を貸してくれたっけ

あの時の
息子の一言が忘れられない

これは夫婦だけのことではない
これは‥家族の一大事!
そして僕もその中に居るんだからね

松居一代さんのやり方は
大反対だけど
それが本当なら
辛く悔しい気持ちはわかるわ

修正するって
相手を変えようではなく
自分を変えていかなければならない

夫婦って
伸びたり縮んだり
プチンプチンとキレもする
何度も縛り直して
根気よく繋げていく‥
それでも夫婦は夫婦なんだ

夫はバカなことをしたけれど
私はその分強くなり
息子は人より先に成長した(^^;;

高校生の子に
「僕は奥さんにした人を絶対に悲しませない!」
と言わせてしまった父親‥

荒波を越えた分
不思議と
家族の絆は強くなった
が、
父親としては
弱くなった(^◇^;)

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2人の違い

何でも難しく考える夫
何でも簡単に考える妻
頭の構造が違うのかもしれません

ママは呑気でいいね!と言う夫
呑気が良いかどうか別にしても
単細胞で良かったのだと私は思う

二人とも難しかったら
笑えない家庭だったのかも

夫は心配性
妻は常に成るように成る

ならないから心配しているんだよと夫
ならないなんて決まっていないのだから
心配はそうなってからすれば良いのよと妻

妻に言わせると
心配性は未確定な未来なのだから
無意味なこと

夫に言わせると
何かあったら‥の時の心配保険で
悪い方に考えておくことで
何もなければそこで
初めて良かったと思えるのだから
必要なことだと‥

続いて夫が言うには
心配なことが本当に起こった時
心の準備をしていて
良かったと思うのだそうです

だから心配性は
やめられないのねっ
損な性分ねぇ‥

でも、夫には
以前から欲しかったものがあると‥

それは切り替えスイッチ‥

持ったことが無いから
その感覚がわからないそうです
わかってみたいそうです

ママにはある切り替えスイッチ
それってパチンと音がするのかい?
ママにはいつからあるの?
何処にあるの?

私が持っているのでは無いと思う
切り替えスイッチは
あらゆるところに自由に設置可能!
音は聞こえるような‥聞こえないような(^^;)

私の場合
仕事と家庭の切り替えは
職場のビルを出て最初の角を曲がるところに
ありました

職場が見えなくなったら
パッと切り替わっていました

パパ・・「欲しい!」

心配性が好きなのだから
無くても大丈夫!

と、昨日はこの話で盛り上がりました

いろんな話‥
心の病の家庭内では
とても大事だと思います

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慌て方がまるでコント

夫はまだまだ心に余裕が無さそうです

今日は土曜日ですが
仕事に出かけました

いつもは7時20分にスーツに着替え
8時に家を出るのですが
今朝、二度寝の時に
「6時半に起きるから..」と..

■夫は一旦5時40分に起きて
歯磨きをし顔を洗い
しぼりたての人参ジュースを飲み二度寝に入ります


6時半にと言われた時に
私も気付けば良かったのですが
特に何も気にせず
「あ~6時半に起きるのね」って..

そして5分前の6時25分に私は言いました

「今起きてどうするの?」

夫・・「7時に家を出るから」って

夫はいつも乗用車で出勤しています

でも我が家の車が停めてある
立体駐車場のシャッターは
8時にしか開きません

私・・「車、8時じゃなきゃ開かないでしょ!」

きょとんとした夫が次の瞬間

(゚△゚;ノ)ノ(。Д゚; 三 ;゚Д゚)Σ(゚□゚(゚□゚*)

「送迎バスに乗る!」

職場行きの送迎バス..
それに乗るには
まずは6分後の地下鉄に乗るしかない
それにはあとどんなに遅くても
2分で家を出ないと絶対に間に合わない

Yシャツを羽織り、ズボンを履き、上着を来て
カバンが思うように閉められず
私に閉めて貰いながらヨロヨロと玄関に走り
靴を履く...

この一連の慌てぶりは
まるでチャップリンのよう..(^∇^)

LINEで《地下鉄に乗れた?》と聞くと
返事は《のれ他》と帰ってきた

地下鉄に乗れても
送迎バスに間に合う保証は無い
なんせ、バスもギリギリなのです

もしも乗れなかったら
((((;゚Д゚)))))))フガフガ..

バス時間が過ぎたので
また《乗れた?》と聞くと
《のれ他》と帰ってきた

無事に乗れたのだから
私ならラッキーと思うけれど
夫はそれを躓きと捉える

朝から躓いたのだから
今日は良いことなど無いと言ってきた

なので私は
《今日は良い日ではないことを希望しているの?》
と聞くと
夫は《希望などしていない》との返事..

私・・《だったら良かったと思え!》の言葉と
このスタンプを送った
スタンプその1

私は鼻歌を歌いながら
いつもより早いモーニングコーヒーを
美味しく頂きました!(o‘∀‘o)*:◦♪

夫の修行はまだまだ続きます

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夫婦だけで温泉に..

泊まるなんて
初めてのことかもしれない
だからふたりだけの函館も初めてのこと..

息子が2歳の頃に
夫は温泉に目覚め
それから何処へでも
息子を連れて行ってたからね

そして息子とふたり旅は
3歳から始まった
ママが一緒では
いつもママに抱かさっているから
パパだけが頼られるようにって
そんな理由で始まった『父と子の旅』

私は、仕事しながらの子育てだったので
息抜きの時間を夫は
与えてくれていたのだと思う

そんな3歳の息子が
初めて飛行機に乗ったのは
札幌発→函館行き

そんな思い出もココにはありました

そして夫も高校は函館..
親と離れ三年間暮らしていました

懐かしの街 思い出の街..
何度来ても
入るお店も行く場所も同じだけれど
夫は新しいものが見たいわけでも
珍しいものが食べたいわけでもない

ただ..あの頃に戻って
懐かしみたいのだと思う

今年で永年勤続30年を
無事に迎えた記念品のひとつに
湯の川温泉2万円券が入っていました

せっかくだから使わねば...

この日
息子も東京に出張だったので
函館に来ていることと
お土産を買うことをLINEで告げ
心置きなく遊ぶことが出来ました

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プロフィール

iomama

Author:iomama
夫は適応障害になり
今年で20年..
二度の休職は
夫にとっても私にとっても
とても辛いものでした

何があっても
共に歩んでいきます

夫も私も泣く日もありますが
笑う日もたくさんあります

夫が悪いのではない
誰かが悪いのではない

不安の真ん中に
今はすっぽり
包まれてしまっているだけ..

そんな夫の傍にいることが
私の役目だと思っています

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