涙がでました

夫の2度目の復職から
一年半が経ちました

あの時は
とても辛く体が動かず
やむなく休職となりました

少し気持ちがラクになり
ここで頑張らないと
二度と復帰できないと
少し無理して復職したと思います

休職中に異動があったので
新しい上司に挨拶をしました
ところがその上司は
一日目から夫を無視したのです

夫の心がまた砕けそうになりました

今年の春
建物が新しくなり
夫を含め
半分の人たちがそちらへお引越し‥
夫はその上司から
離れることが出来ました

今、あたたかい人たちの中で
お仕事をしています

昨日、夫は
お菓子をもらって帰って来ました

いつもお世話になって
迷惑掛けていますと‥
アルバイトの子から‥

感謝の言葉を言われる嬉しさ‥
夫は笑っていましたが
私は涙がでました

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適応障害になった原因

夫が適応障害になったのは20年前

我慢したことでそうなったのなら
原因はちゃんと分かっている

仕事の内容であり
職場での上司との関係でもあった

夫の場合焦りもあり
時が止まったようにも感じたはず..
最後は何も言えなくなり
倒れてしまった

夫は冷たく硬い何かに挟まり
身動きが取れない自分に
自信を失ってしまったのだと思う

これはあくまでも
夫からあれこれ聞きだして
私がそこから想像したことなのですが..

一度良くなっても
また心が辛くなるのは
強く残された嫌な記憶に
怯えるからなのかな?

「なんとかなる」という言葉を
なかなか受け入れられない夫..

夫に聞いてみると
「なんとかなる」の意味を
とても狭く解釈していました

なんとかなる...
今のことはなんとかならなくても
誰かが何とかするものなんです
なので何れは
なんとかなるのです

目の前のことを
自分がどうにかしなくては
いけないと強く思うのではなく

出来ないのなら
「スイマセン!出来ません!」と言おう!

それを言ったから
人生が終わるわけでは無いこと
「なんとかなる!」はみんなで何とかするのです

それが言えないという夫..
言うくらいなら頑張ると..

言えなかったから
自分を追い込んでしまった
その結果休職することになった

一歩前‥二歩前
倒れる前に言えるようにならないと‥

でも、言えない

そこが真面目過ぎるというか
融通が利かないというか‥

適応障害の人はみんなそうだとは言いません
他の人のことは知りません

夫のことですから‥

心の中に洞穴があるみたいで
笑っているかと思えば
ふと心配が過り..次の瞬間
ヒュ~~っと吸い込まれていくのです

おいおい!どうした!
と手を握るわたし‥

常に横にいても
こればかりは
口で言ってもなかなか助けられません

夫なりに頑張って来たから
今があるのかもしれない
どこかでわたしもそう感じてはいます

さて、最近元気な夫ですが
吸い込まれる穴を前もってふさぐ方法を
妻は考えているのです

( ̄ω ̄;)エートォ...
ふたふた..せんせん
つっぺ?
ウレシイこと?夢中になれること?
これがあればあとは何もいらないという
私で言えば白いご飯の上にタラコとか..

ただ今考え中!

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夫にとって一番好きなこと

それは登山です

息子が小学3年生のときに
学童保育所のイベントで
ある山へ登ったとき
下りで足を滑らせ立木に受け止められて
命が助かったことがありました

山は恐い..
そんな記憶を残したまま
大人にはしたくないと思った夫が
翌年、息子を誘って
同じ山へ一緒に登ったのが
父と子の登山の始まりでした

いつしか二人は登山が好きになり
私は無事を祈りながら
いつも見送っておりました

息子が大学へ入る頃から
父と子の登山はしなくなりましたが

夫にとって登山は
心の励みのようなものでした

仕事で上を目指すと
苦しさに負けそうになるけれど
山の頂上を目指している自分の心は
不思議と前向きでいられるから..

私が登山を始めたのは4年前からで
夫から
「心のために一緒に登って欲しい」と
言われたことで
しぶしぶ....始めたのでした( ̄ε ̄;

そんな山が苦手な私でも
頂上へたどり着くと
心が晴れ晴れするから不思議です

息子が命を落としそうになった山..
父と子が初めて一緒に登った山
そんな山へ
昨日は家族三人で登ってきました

急な岩の斜面にはロープがあり
そこを伝って登っていきます

夫が先頭で次が息子で
私が少しずつ遅れながら後からついて行きました

何度も二人の背中が見えなくなりましたが
必ず待っていてくれました

辿り着ける自信がなくなる度に
笑顔で待っていてくれるふたりに励まされ
無事に頂上へ!
家族登山7月8日

ココの山は小学生も登ります
昨日は70代のご夫妻にも出会いました

なので難しい山ではないはずです
ですがこの山は
実は滑落が多い山なのです

道幅が狭いので
少し足の置き場を間違えると
一気に落ちていきます

息子が足を滑らせた場所は石段で
当日は小雨が降り滑り易かったそうです
その石段は急カーブで柵も無く
落ちれば助かりません

息子はその時のことを
詳しく話してくれました
一本目の立木を倒し
二本目の立木が受け止めてくれたこと..

一本目が折れてしまったことは
昨日初めて知りました

昨年、この山は
滑落で命を落とされた男性がいらっしゃいました
自衛隊の方も命を落とされています
ご夫妻が落ちてしまったこともありました

この山はあなどれない・・・

そんな話をしていたとき
息子が靴の紐を縛り直したいと岩に座ったとき
足元に小さなクワガタを見つけました
クワガタ

そして・・・
私がこの写真を写したときに
夫が足の置き場を誤り落ちました(_□_;)!!

私は慌てました
夫は3mほど滑り落ちましたが
一本の木につかまり
どうにか登ってくることが出来ました

見ると、落ちた部分だけ
斜面がゆるやかで
一歩横にずれていれば
木も無く斜面もきつく
絶対に助からなかったと思います

山はときに牙を剥く..

初心者向けと言われているこの山
油断があっては命とりです

この山はもう行きたくないな
八剣山

でも、家族登山は
これからも続くそうです

夫のこと..
生きていてくれるだけでありがたい

昨日は改めてそう思いました

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夫がひとつのことに‥

集中出来るなんて
何年振りなのだろう?

五月上旬に環境が変わり
そこに慣れるまで
少し時間は必要だったけど

今は落ち着いて
仕事は仕事
休日は休日らしく

本来、こうじゃなくては
心は疲れるはずだものね

次の異動で、人は必ず変わるから
その前にしっかりと今に慣れ
動じない心を育てて欲しい

今年、54歳
体はもう育たないけど
心は育てることが
出来るはずだから‥

夫が安定していると
私もやりたいことが
出来るというものです

と、言いながら‥
やりたいこと?久しぶりだから何しよう?
ってところから始まりそう(^◇^;)

適応障害
何かによって心を持っていかれる
もう、持っていかれないように
なればいいな!

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朝の5時

まだ目覚ましも鳴っていないのに
洗面所からジャブジャブと顔を洗う音が..

夫がもう起きている
なんで?

今朝早々
気になることが頭に浮かび
眠れなくなったとのこと..

昨日は寝る前
不安など無いような表情だったのにね

まだ朝のジュースも出来てないし
ひとまず私も歯磨きをして
顔は洗わず手だけ洗って
人参ジュースを作り始めた

心配は仕事のこと..
夫がやる仕事じゃないのに
自分がやることになったらどうしよう?

あの人がやらなくてはならないけど
こっちに振ってきたらどうしよう?

仕事の内容を聞いても
私にはわからないから
「ふ~ん..」とだけ言っといた( ̄_ ̄ i)

夫が出掛けるまで
まだ2時間もある..
朝の2時間は長いぞ~
持て余すぞ!(-"-;A

何か面白いことでも言わねば...

そうだ!夜中に雄叫びをあげていたから
それを言おう

私 「パパはやっぱり良い声してるね」
夫 「どうして?」

民謡の江差追分の歌い出しに似た
《ハァ~~~~~~~~アァ~~アァ~~!》
っていう雄叫びをあげていたわ

きっと上の人は飛び起きたと思うよ

って言うと( ´,_ゝ`)プッと笑った

まずは笑わせたから
今朝は私の勝ちだ!

神様...どうか
夫の心配ごとが起こりませんように

( ̄人 ̄)

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プロフィール

iomama

Author:iomama
北海道札幌市在住

夫は適応障害になり
今年で20年..
二度の休職は
夫にとっても私にとっても
とても辛いものでした

何があっても
共に歩んでいきます

夫も私も泣く日もありますが
笑う日もたくさんあります

夫が悪いのではない
誰かが悪いのではない

不安の真ん中に
今はすっぽり
包まれてしまっているだけ..

そんな夫の傍にいることが
私の役目だと思っています

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